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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(あ)3376号 判決 1958年5月20日

主文

本件各上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人山本末春の負担とする。

理由

被告人野上進弁護人小林四郎の上告趣意、同弁護人鍛治利一の上告趣意について。

所論は、第一審判決がその第二部(二)の第三の株式関係の公訴事実に関する判断において、本来の訴因たる業務上横領については領得の意思なしとし、追加された択一的訴因たる商法違反については、公訴事実の同一性を害するから、訴因の追加は許されないとし、結局無罪としたのに対し、原判決が、前者を是認したが、後者(商法違反)は、公訴事実の同一性を害するものでなく、かつ被告人の防御に実質的不利益を生ずる虞があると認め難いとして、第一審判決中この部分を破棄し事件を原審に差し戻したのは、刑訴三一二条の解釈を誤り、高等裁判所の判例に違反し、かつ憲法三一条に違反する(この点の主張は小林弁護人)と主張する。

所論は違憲をいう部分(小林弁護人)もあるが、結局実質は、原審の判断が刑訴三一二条に違反し、かつ高等裁判所の判例に違反すると主張するに帰する。

まず訴因に関する経過について記録を調べてみると、昭和二六年一二月二日附起訴状第三の公訴事実(業務上横領)に次で同二七年一二月二五日附訴因追加請求書および同二八年三月九日附訴因追加請求書の訂正申立と題する書面により、択一的訴因(商法四八九条二号前段違反)の追加請求があり、検察官は、第一審第九回公判期日に右訴因追加請求書によってその追加を請求し、副主任弁護人はこの追加請求に異議がない旨を述べ、裁判長はこの追加を許可したが、さらに検察官が同第一〇回公判期日に右追加請求の訂正申立と題する書面により訂正申立をしたのに対して、副主任弁護人は、公訴事実の同一性がないとして異議を申し立て、裁判長はこの追加請求書の訂正申立をも許可したことが認められる。

ところで記録によって所論の同一性の関係を検討してみるに、原審の認定したように、本件株式一万株に関する事実関係は、被告人野上進が本件会社の社長として会社のために右株式を取得し、右株式は会社の所有に帰したと認めるのが相当であり、したがって右株式の対価として細川護貞に支払った金五〇万円は、事実、会社の資金がそのまま使用されたと認めるべきであって、この事実は、本件の五〇万円を被告人野上に対する貸付金とした等の被告人らの事後の処理方法によって変るものではない。されば本件五〇万円が会社資金中から支出された金員であることは両者異なることなく、またこの金員の支出が、被告人野上個人の株式取得のためになされた業務上横領行為であるか、あるいは商法四八九条二号前段に違反する会社の自己株取得のためになされた支出行為であるかは、いずれも被告人野上の会社社長としての行為に関するものである以上、同一事実の表裏をなすものにほかならない。それゆえ本来の訴因と追加請求の訴因とは択一的関係にあって公訴事実の同一性を害するものではないとした原審の判断は相当である。

次に訴因の追加を許すことによって被告人野上進が防御に実質的な不利益を受ける虞がるかどうかを考えてみるに、記録によって審理の経過を逐一検討してみると、訴因の追加請求の前後にわたり十分に審理がつくされていることが認められる。すなわち第一審第三回公判期日、同第六回公判期日における各証人の尋問(記録四冊三六七丁以下、同五冊六一六丁以下)、前示訴因に関する経過における書類の送達の関係および同第九回公判期日と同第一〇回公判期日における検察官、副主任弁護人の各陳述と裁判長の許可の関係(記録五冊八二二丁、八二三丁、同六冊八八七丁表ないし八八八丁、同一〇五八丁、一〇六〇丁、同一〇七六丁)、右株式関係について被告人野上進および副主任弁護人の意見の陳述(同一〇九七丁以下)、同第一二回公判期日における検察官の質問に対する同被告人の供述(同一一六〇丁、一一六一丁)、等を照合するときは、被告人弁護人ともに追加請求の訴因についても実質上は十分に防御の方法をつくしていると認めなければならない。この点においても原審の判断は正当である。

次に小林弁護人の判例違反の所論(第六)について調べてみるに、所論引用判例の順序に従って判断すれば、(イ)名古屋高裁判決(昭和二五年一月三〇日)は、窃盗教唆と賍物故買との関係の事案であり、(ロ)福岡高裁判決(昭和二五年六月一〇日)は、賍物故買の公訴事実において訴因の変更が許されないのにかかわらず起訴状訂正の方式で審理した違法に関する事案であり、(ハ)の一大阪高裁判決(昭和二五年五月四日)は、密貿易の所為と同一船舶による密貿易者自身の密入国との関係の事案であり、(ハ)の二札幌高裁判決(昭和二五年六月六日)は窃盗と賍物牙保との関係の事案であり、(ハ)の三東京高裁判決(昭和二五年四月二五日)は、強盗幇助と賍物収受との関係の事案であり、(ハ)の四名古屋高裁判決(昭和二五年二月二六日)は、麻薬の購入とその使用との関係の事案であって、いずれも本件の事案と全く異なるから、本件に適切ではない。ただ上告趣意補充書に引用する名古屋高裁判決(昭和二七年八月二五日)は、同族会社たる株式会社において、重役が利益金を正規の帳簿に記入しないで株主に別途金として配当したという業務上横領の事実と商法四八九条三号違反の事実との関係であって、本件と類似しているが、業務上横領の構成事実は全く異なるのみならず、商法違反は本件と異なり、商法四八九条三号との関係であり、判決が公訴事実の同一性を否定した理由は、とくに右三号違反は「法令又は定款の規定に違反することを絶対の要件とすること」および本来の起訴状においては、被告人の行為が「法令又は定款の規定に違反すること」についてなんら言及していないことに存すると認められるから、右判例を本件商法四八九条二号前段違反との関係に援用するのは適切でなく、本件については別個に判断するを相当とする。

次に鍛治弁護人の引用する判例の大阪高裁判決(昭和二五年五月四日)は、小林弁護人引用の(ハ)の一と同じであり、名古屋高裁判決(昭和二七年八月二五日)は、同じく小林弁護人補充書に引用するのと同じであるから、前記説示を引用する。このほか所論引用にかかる札幌高裁判決(昭和二六年一〇月一八日)は、地代家賃統制令違反と昭和二二年勅令九号違反との関係であり、当裁判所第二小法廷判決(昭和二六年一〇月一二日)は、いか油について油糧需給調整規則違反の譲渡行為と重要物資輸送証明規則による出荷証明書なくしてその輸送を委託した行為との関係であって、いずれも本件に適切でない。

以上のとおりであるから判例違反の主張も前提を欠き採用することはできない。

被告人山口尚登弁護人荒木新一の上告趣意第一点、第二点、同弁護人竹内次郎の上告趣意について。

所論は、違憲をいう部分もあるが、結局実質は原審の判断は事実誤認があり、かつ刑訴三一二条の解釈を誤った違法があると主張するに帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

しかし職権をもって所論について調べてみるに、所論が原判決を非難する要点は、第一審判決がその理由第一部健康保険組合関係の業務上横領の公訴事実について、おおむね領得の意思を欠くとして無罪を言い渡したが、そのうち判示四五万円については、組合のための支出でなく、会社資金に流用した事実を認め、しかしたとえ罪を構成するとしても、公訴事実と基本的事実関係を異にし同一性を有しないとして、結局この部分についても無罪を言い渡したのに対し、原判決は、両者は基本的事実関係を同じくし、かつ訴因を変更しても被告人の防御に実質上の不利益を生ずる虞もないと認められるから、第一審は検察官に対し訴因変更の手続を促し又はこれを命じて審理判断をすべきであったのに、その手続をとらなかったのは、審理不尽ないし訴訟法違反があると判断したのは違法であるという趣旨に帰する。そこで所論が、原審の刑訴三一二条の解釈を非難する事項のうち、まず原審がかかる場合、第一審は検察官に対し訴因変更の手続を促し又はこれを命じて審理判断をなすべきであったと判示した点について考えてみるに、本件のような場合でも、裁判所が自らすすんで検察官に対し右のような措置をとるべき責務があると解するのは相当でない。したがって原判示のように裁判所に積極的な責務を認めたことは誤りであって、この点において所論は理由があり、原判決は違法たるを免れない。しかしながら、他方所論の公訴事実の同一性を否定する主張について考えてみるに、被告人が本件四五万円を組合のためでなく、会社の資金に流用したとの事実は、第一審判決も原判決もともに確定するところであり、この事実は、起訴状の公訴事実(第一支出横領、第二着服横領)と日時、方法、金額を異にするけれども組合の資金中から捻出しておいて業務上保管する金員中から擅に支出した関係において前後異なるところなく、したがって基本的事実は同一性を失うものでないと解するを相当とする。そして記録によって審理の経過を調べてみると、被告人は本件四五万円の関係についても十分に防御方法をとったことがうかがわれるから、この点についても被告人の防御に実質的不利益を与えるものでないとした原審の判断は正当である。

以上のとおりであるから、原判決が裁判所が検察官に対し判示の趣旨の訴因変更を促し、又はこれを命ずる責務がある趣旨を判示した点の違法はあるけれども、所論四五万円の点について公訴事実と基本的事実関係を一にし、かつ被告人の防御に実質的の不利益を与えるものでないとした判断は正当であるから、結局原審が破棄差戻の判決をした結論はこれを維持すべきものと認めなければならない。されば弁護人の所論は、法令違反の点についても、またこれを前提とする事実誤認の点についても採用できない。

被告人山本末春の弁護人築山重雄の上告趣意第一点、第四点、被告人本人の上告趣意第一点、第三点ないし第五点について。

所論の要点は、いずれも被告人は通行税の加算税、追徴税の減免について、調定事務を担当する職務権限がなかったという見解に立って、原判決に通行税法の解釈を誤った違法があるという法令違反、事実誤認の主張に帰する。なお弁護人はこの趣旨を前提として違憲を主張するが、結局実質は法令違反、事実誤認の主張にすぎず、いずれにしても刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なお所論の職務権限については、原判決が詳細に判示するように、被告人が本件通行税の関係においていわゆる調定事務をも担当し原判示職務権限を有していたことは挙示の証拠によってこれを認めるに十分である。所論は独自の見解を述べるにすぎない。)

弁護人の同第二点、第五点、被告人の同第二点について。

所論は要するに、判示の請託を受けた事実および職務に関し謝礼の趣旨で饗応を受けた事実を否認し、法令違反と事実誤認を主張するに帰する。弁護人はなお請託及び饗応の点についての事実誤認を前提として違憲を主張するが,結局実質は、事実誤認の主張にすぎず、いずれも刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なお記録を検討してみると、所論の点について原審が、被告人が「判示の如き請託を受けてその職務に関し謝礼の趣旨で饗応を受けたもの」と認め第一審判決を支持したのは正当であって違法はない。)

弁護人同第三点について。

所論は、違憲をいうが、実質は判断遺脱の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なを所論の旧加算税の未納分の徴収は、翌年回しとする署長の決定があったから、この関係は被告人の職務権限に属しないという趣旨の主張は、ひっきょう犯罪の構成要件事実を否認するに帰し所論のように刑訴三三五条二項に当る主張とはいえない。のみならず所論の主張じたいについても、原判決が被告人山本等の職務権限を肯定した判示のうちにおのずから判断されていると認めるのが相当である)。

弁護人同第六点について。

所論は、違憲をいうが、実質は刑法一九七条の四の適用を誤り、不法に追徴を言い渡したという法令違反の主張にすぎず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(なお所論は、被告人は収受した賄賂を費消後にその相当額を贈賄者に返還したから、もはや被告人から追徴することはできないというのであるが、被告人の収受した本件賄賂は、酒食の饗応の方法で供与され、饗応を受けたことによってすでに収賄者がその賄賂を費消したと解するのが相当である。したがってこの場合たとえ被告人がその賄賂相当額を贈賄者に返還したとしても、その返還は賄賂そのものではないから、被告人はすでに享受した利益を追徴される責を免かれることを得ず、被告人に追徴を命じた原判決は違法とはいえない。)

その他記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条、一八一条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)

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